LOGIN湊から連絡入る。~すまない、加山良江を誘い出す餌が見つからなかった~そのメッセージを読んで、車の中で待機していた私と高嶺遼大は少しの間、作戦を練る。「加山良江は私が引き付けるわ」私がそう言うと高嶺遼大が頷く。「まぁ、それが一番自然だろうな。森崎家へは俺が居るから出入り出来るとしても、俺が加山良江とは今日会ったばかりで、何の接点も無いからな……」大人しそうな見た目で、控えめだった加山良江。でもそれは世間を欺く為の仮面。私はそれを知っている。あからさまに私に敵意を剥き出しにして、あの頃の私はその敵意にさえも気付かない程、無知で無垢だった。(今度はそうはいかないわ)私はそう思いながら、森崎家の近くで高嶺遼大と車の中で、待機する。◇◇◇「くるみー」そう呼ぶ声が聞こえる。「はーい」そう返事をして、階下へ降りて行く。湊は身なりを整え、手に花を持っている。可愛い小さな花束。何ていう花なのかは知らないけれど。湊と階下で軽く抱き合い、花を受け取る。「くるみにピッタリだろう?」そう言われて私は微笑む。「そう?」そう聞くと湊は微笑み、言う。「あぁ、小さくて可愛くて守りたくなるような、そんなイメージだ」そう言われて私は湊に言う。「ありがとう」そのまま湊の迎えの車に乗り、走り出す。「くるみにね、もう一つ、プレゼントがあるんだ」そう言われて湊を見る。「まだ、あるの?」そう聞くと湊は真っ赤な高級そうな紙袋を取り出し、私に渡す。「これ……イルミの新作! しかも限定品じゃない!」そう言うと湊が微笑む。「あぁ、くるみはイルミのバッグが好きだろう? 今日のお詫びにね」そう言われて私は湊に寄り掛かる。「嬉しい」湊は私にお詫びと言って食事を予約し、こうして時間を割いて、限定品の新作バッグを買って来てくれた。燈と会って話しただろうに、湊にはそんな素振りは微塵も感じない。(やっぱり、決裂したのね。それで私に戻って来たんだわ)そう思いながら私は真っ赤な紙袋を早く開けたい気持ちを抑える。ここで湊よりもバッグを優先するのは可愛くない。◇◇◇目の前でくるみが目の色を変えたのを見て、俺の目が今までいかに曇っていたかを実感する。花を渡した時はそれ程でも無かったくるみの反応はバッグを渡した瞬間に目を輝かせ、そして俺に甘えるように寄り掛かり、でもしっかりそ
早速、湊が行動に移してくれる。私と高嶺遼大はそれに合わせて動く事にした。「上手く誘えそう?」そう聞くと湊がスマホを見ながら頷く。「大丈夫そうだ、今夜、これから食事に行く事にする」湊はスマホから顔を上げ、苦笑いして言う。「これからくるみにあげるプレゼントを探さないと」そう言う湊に私も苦笑いする。「それなら新作のバッグとかで良い気がするけどな」そう言ったのは高嶺遼大だ。「確かにそうね、それならくるみのご機嫌も良くなりそうだわ」湊は溜息をついて、苦笑いのまま言う。「さっき、くるみが来た時にちょっと冷たくあしらったから、ご機嫌取りしておかないと」そう言う湊に同情する。「仕事の事で頭がいっぱいだったとか何とか言えば、機嫌直るんじゃないか?」高嶺遼大が軽い口調でそう言い、腕を組む。「俺の見立てじゃ、これ程の罠を仕掛けられるくらいには頭は回るが、ことさら、男に関しては詰めが甘い気がするからな」そう言われて笑う。確かにそうかもしれない。「今日、森崎家に行った時、愛沢くるみは俺に媚を売るような態度だった。この聖カトリーナで間接的にではあっても、俺に怒鳴られたっていうのに、だ。あの傲慢さと厚顔無恥さは本当に脱帽だよ」――傲慢――愛沢くるみが今まで私に向けて来た悪意は、私のそれまで居たポジションを自分のものにしたいという欲望と、私が恵まれた生まれだという事への嫉妬のなれの果て。そしてそこに張り巡らせた罠に、笑ってしまう程、易々と掛かって行った湊と私。もがき苦しみ、悶える様子はさぞ可笑しかっただろう。私を絶望の淵へと叩き落した愛沢くるみは、その傲慢さをブクブクとその身の内に太らせている。肥大した傲慢さは時に命取りになるものだ。「丁度、限定品のバッグが出ているな」湊がスマホを見ながらそう言う。スマホから顔を上げて、湊が言う。「これを買って、持って行く事にするよ」私は湊に言う。「悪いわね」そう言うと湊は笑って言う。「こんな事で罪滅ぼしになるとは思っていないが、少しでも燈の役に立てるなら、それで良い」そう言う湊に高嶺遼大がその肩を軽く叩く。「くれぐれも取り込まれないように気を付けろよ。まぁ覚醒し始めてるから、おかしいと思う事は多いだろうが、愛沢くるみに気取られないようにしてくれ」湊が頷く。「分かっている」◇◇◇湊から連絡が来た。
愛沢くるみは加山良江に何かを渡している。映像を巻き戻し、湊がズームしてくれる。渡されていたのは紫のラインの入ったブリスターパック。すなわちラインプロスだ。そこで映像を止めた湊が言う。「俺にはこれが誰か分からない」私と高嶺遼大は顔を見合わせて同時に言う。「加山良江」その名を聞いて湊が驚く。「加山、良江……?」驚くのも無理は無いだろう。加山良江は目立たず、そして湊の前では礼儀正しかったから。「俺たちが結婚していた時に、使用人として俺と燈のマンションに来ていた、あの加山良江か?」そう聞かれて私は苦笑いする。「そうよ」私にそう言われて、湊は深い溜息をついた。「そうか……それなら燈にラインプロスを飲ませるのも、そう難しい話じゃないな」そう。実際に私は加山良江からお茶を用意されたり、スープを用意されたりしている。そのどれにラインプロスが混入していたかまでは分からなくても、実行犯は加山良江、これで確定した。そして。この件に関して、湊は少しも関わっていなかった。むしろ愛沢くるみの仕掛けた罠に汚染されていた被害者の一人だった。それでも。私はやっぱり、湊の口にしたあの言葉たちを忘れられなかった。目の前の湊を見る。寝ていないのだろうか、それとも眠る事が出来ないのだろうか、目の下にクマを作り、ここ数日でかなり痩せた感じがする。「ちゃんと食べてるの?」そう聞くと湊が少し笑う。「いや、実はここ数日はこの映像の事で色々考え込んでたのと、まぁ、仕事が忙しいのもあって……」そう言って語尾を誤魔化す。「いずれにせよ、愛沢くるみの愛用している香水を手に入れたいところだな」そう言って高嶺遼大が私の背中に触れる。「えぇ、そうね」私がそう言うと高嶺遼大は優しく微笑む。「じゃないと湊くんの解毒が進まないかもしれないし、離脱症状が出る可能性だってある」長年、あの香水に晒されていたのだとしたら、脳に何かしらの影響が出る可能性をも秘めているのだ。「さて、どうやって手に入れるか……」高嶺遼大が考え込む。「私なら、手に入れられるかもしれないわ」そう言うと大の男二人が私を見る。私は少し笑って言う。「私が湊と会って話をするかもしれない事は、既にくるみには伝わっている筈よね」私がそう言うと高嶺遼大が頷く。「あぁ、そうだろうな。愛沢くるみの母親がくるみに電話で
「それで、久遠先生、話したい事って?」高嶺遼大が聞く。湊は私たちにノートPCの画面を見せながら言う。「これを見てくれ」そう言われて私はその画面を見る。ノートPCに映し出されていたのは監視カメラの映像だった。「……監視カメラ?」そう私が湊に聞くと、湊が言う。「実はここ数日で分かった事が色々あるんだ」そう言われてまた私は高嶺遼大と顔を見合わせる。「五年前のあの日……燈が流産をしたあの日……燈の異常を感じ取って、産婦人科の須藤先生が燈の血液検査をしてくれていた事は知っているか?」そう言われ、私は苦笑いする。「知ってるわ」私のその答えを聞いて、湊は一瞬驚き、そして少し笑う。「そうか……じゃあ、燈の血液検査の数値に異常があったのも?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、知っているわ」そう言うと湊が少し悲しそうに笑って言う。「そうか、じゃあ話は早いな」湊が胸元からUSBメモリを出して、ノートPCにそのメモリを挿す。画面に映し出されたのは私のカルテだ。「俺はこれを産婦人科のデータベースから引き出した。けれど公になっているデータを見るだけでは分からなかったんだが」そう言って湊が自嘲的に笑う。「その時に須藤先生がすぐ近くに居てね。須藤先生が教えてくれたんだ」湊はまた胸元に手を入れ、一枚の紙を出す。「燈の血液検査票だな」高嶺遼大がそれを見て、そう言う。湊が頷く。「そうだ。これを見ておかしいのは一目瞭然だった。そして」湊がPCの画面を切り替える。「俺はこの薬品庫で須藤先生からある話を聞いた」そう言われて胸がドキドキし出す。「須藤先生はあの日の燈の数値の異常と燈の状態を実際に見て、照らし合わせた。導き出されたのは」そこまで湊が言うと、高嶺遼大が続ける。「ラインプロス、だろ」高嶺遼大にそう言われて湊が頷く。「そうだ。そしてすぐに須藤先生はラインプロスの数を確認したそうだ」湊がそこまで言って言葉を飲み込む。「……合わなかったのね」私がそう言うと湊が頷く。「それも二回分」そう言われて少し驚く。「二回分?」そう私が聞くと湊が少し笑う。「あぁ、そうなんだ。二回分」そして湊はPCに映された映像を動かす。薬品庫に入って来た人物は……。「これは薬剤師の波多野優斗。彼は今も聖カトリーナに在籍しているよ」湊がそう言う。波多野優
ラボのモニターに映し出される、複雑な分子構造。「未承認の合成オキシトシン誘導体と……特殊なベンゾジアゼピン系物質か……」高嶺遼大がそう呟く。「判断力の低下を誘う向精神薬……」湊がモニターを見ながら愕然とした様子でそう言う。溜息をついた高嶺遼大が言う。「あれはただの香水じゃないって訳か。吸入型の向精神薬とでも言おうか」そう言われて私は高嶺遼大を見る。高嶺遼大が言う。「長期間これを浴び続ければ、前頭葉の機能が低下して、特定の人物に対して異常な執着と保護欲を抱くようになるって訳だ」私は高嶺遼大に聞く。「で、一体、これは何の成分なの?」そう聞くと高嶺遼大が言う。「これはくるみが愛用してる香水の成分だよ」高嶺遼大はそう言って湊を見る。「大丈夫か? 久遠先生」高嶺遼大がそう聞くと、湊はハッとして言う。「あぁ、大丈夫だ……」そう言う湊は大丈夫なようにはとても見えなかった。「これはどこで……?」そう湊が高嶺遼大に聞く。私もそれが知りたかった。「森崎家で採取した」そこで私は思い出す。(そうか、湊は知らないのよね)「遼大は颯太の腹違いの兄なのよ」私がそう言うと湊が目を見開く。「颯太、の……?」高嶺遼大が苦笑いする。「あぁ、黙っていてすまない。森崎颯太は俺の弟、森崎家当主の健太郎は俺の父だよ」理解が追い付かない事ばかりだろう。私だって知った時は驚いたんだから。「俺は今日、森崎家に顔を出して来たんだ」そう言いながら高嶺遼大は頭をかく。「そもそも俺は、森崎健太郎の先妻の子なんだよ。後妻に入った颯太の母親である望美さんと折り合いが悪くてね。かなり早い段階から森崎家を出てるんだ」湊が私を見る。「知って、いたのか?」そう聞かれて私は苦笑いする。「私も最近、知ったの」これを理解するまでにはかなり時間も必要だろう。「それで、どうやってくるみの香水の成分を採取したの?」そう聞くと高嶺遼大が笑う。「別に特別な事はしてないさ。向こうが香水のにおいをプンプンさせながら俺に近付いて来たんだ」そう言って私を見下ろし、微笑む。「恐らくは自分の味方に付けたかったんだろうな」そう言われて私は思わず笑う。「まぁ、くるみならやるでしょうね」湊がそこで口を出す。「多分、くるみが香水を振っていたのは、その前に俺に会いに来たからだ……」そ
「燈がくるみさんを嫌っているかどうかは、俺が口を出す問題じゃないから、俺からは何も言わないが」そこで言葉を切り、愛沢くるみを見る。「あなたが五年前に燈に何を言ったのか、あなたに毒された湊くんが燈をどう傷付けたのかぐらいは知ってるとだけ、言っておくよ」そして少し笑って言う。「今頃、燈と湊くんは二人で話し合ってる頃かもな」俺がそう言った瞬間、愛沢くるみの瞳に一瞬、強い光が走る。自分の手中だと思っていた男が燈に奪い返されるとでも思っているんだろう。さて、俺に自分の本性がバレ始めているかもしれないこの瞬間から、愛沢くるみはどう出るか……。そう思っていると愛沢くるみが俯き加減で言う。「燈ちゃんから何をどう聞かされたのか、私には分からないけど、それを信じるって言うなら、それで良いです……」小さな消え入りそうな声でそう言う愛沢くるみにゾッとする。(ある意味、すごいな……)そしてさっきから愛沢くるみを包んでいる匂いが気になった。仕事柄、匂いには敏感な俺にはこの匂いが香水の類に何かが混ざっていると直感する。(何だ……? 媚薬の類か?)俺はその匂いが不快で、愛沢くるみに背を向け、書斎の窓を開ける。フワッと風が入って来た瞬間、愛沢くるみが呟くように言う。「颯太も湊もこれでイチコロだったのに」俺は愛沢くるみに振り返る。愛沢くるみはその顔に微笑みを貼り付けて、言う。「やっぱり、高名なお医者様は違うんですね」次の瞬間、愛沢くるみは無表情になり、言う。「何で燈ばっかり、私より良いものを持てるの」そう言って、愛沢くるみは俺に背を向け、書斎を出て行く。鼻腔に残る、この匂いの正体を知っておいた方が良さそうだと俺は思い、すかさず、ジャケットの内ポケットからSPMEファイバーを取り出す。上手く吸着出来れば良いが。◇◇◇藤堂氏の経過は順調だった。特に変わった所見も無く、順調に回復している。私はそれを見て、看護師に言う。「何かあれば、スマホで呼んでください」そう言うと、看護師が頷く。「はい、先生」私はICUを出て、手に持ったカルテを抱え、ホテルに戻ろうと考える。その時。スマホが鳴った。メッセージの着信だ。~燈、今、どこに居る?~高嶺遼大からのメッセージだった。~私は今、病院だけど~そう返すと、すぐに返事が来る。~病院で調べたいものがある。聖カトリーナ







